
■ 捨てることが、時代になった
10年以上前、近藤麻理恵さんが世界を席巻した。
「ときめきますか?」
あまりにもシンプルなその言葉は、
片づけ本の枠を超え、人生論になった。
2015年には Time の
「世界で最も影響力のある100人」
にも選ばれた。
片づけが、自己啓発になった瞬間だった。
私も当時、本を読んだ。
服を一枚ずつ手に取り、
「ときめくか」「ときめかないか」
を真剣に考えた。
今思うと、あのころの日本には、
どこか「余計なものを減らしたい空気」が漂っていた気がする。
モノを減らし、関係を整理し、身軽に生きる。
そんな言葉が、やけに美しく聞こえた時代だった。
■ ときめきますか、と聞いてみた
服は意外と簡単だった。
何年も着ていないカーディガン。
いつか痩せたら着る予定のスカート。
「高かったから」という理由だけで吊るされていた服たち。
本も食器も、案外あっさり手放せた。
問題は、最後に残ったものだった。
家の中で、一番ときめかないもの。
最初から、わかっていた。
でも、その問いだけは怖くて、ずっと後回しにしていた。
「これは必要ですか」
「これは、あなたを幸せにしますか」
あのころすでに、答えは出ていた気もする。
■ 今度は「人生を捨てる」時代らしい
何日か前の新聞に、雑誌プレジデントの広告が載っていた。
「9割やめる生き方」
「仕事、夫婦、住まい——やめる損切り判断シート」
なかなか強烈である。
こんまりさんは、モノを捨てた。
令和はさらに進み、
「合わない生き方そのものを捨てましょう」
という時代になったらしい。
仕事をやめる。
人付き合いをやめる。
無理な我慢をやめる。
消耗する関係を損切りする。
合理的で、正しくて、いかにも現代的だ。
でも、少し怖い。
人間関係まで株みたいに「含み損」で測り始めたら、
最後に残るのは何なのだろう。
■ 損切り判断シート、夫婦の欄
「損切り判断シート」
言葉がもう、容赦ない。
仕事の損切り。
住まいの損切り。
そして、夫婦の損切り。
もし本当にそんなシートを前にしたら、
私はどの欄を一番するすると書けてしまうのだろう。
それは、聞かないでいただきたい。
■ それでも、今日も鎮座している
10年以上前。
すでに、ときめいてはいなかった。
それでも今日も、夫はリビングに鎮座している。
休日になるとソファに深く沈み、
テレビを見ながらせんべいを食べ、「お茶」とだけ言う。
その姿は、もはや家具なのか家族なのかよく分からない。
こんまりさん方式で言えば、
「怖くて最後まで残しておいたもの」
ということになる。
損切り判断シート的に言えば、
「判断保留」
だろうか。
でも夫婦って、たぶん、ときめきだけでは測れない。
情なのか。
惰性なのか。
戦友感なのか。
腐れ縁なのか。
自分でも、よくわからない。
ただ確かなのは、人生には
「捨てたほうがいいもの」と、「捨てきれないもの」
があるということだ。
そして案外、その境界線が一番わからない。
本当に、わからない。
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