
◼️地獄の住民票
最近、細木数子さんのドラマ『地獄に落ちるわよ』を観ている。
あの「アンタ、地獄に落ちるわよ!」
という強烈な決め台詞を聞きながら、私はふと思ってしまった。
「あれ? うちの母、地獄に住民票があったんじゃないかしら」と。
ドラマのスケールとは比べるべくもないけれど、母の人生も相当なものだ。
観ていて何より考えさせられるのは、細木数子さんという人は
あんなに賢くて、計算高くて、したたかなのに、
なぜ何度も男に騙されてはどん底に落ちるのか……ということ。
その「賢さと脆さ」が同居した姿が、どうしても私の母に重なってしまうのだ。
(まあ、母はあそこまで賢くもキレイでもなかったかもしれないけれど。笑)
■ 昭和という時代が、男と女を狂わせた
今にして思えば、昭和という時代自体が、
どこか男と女を狂わせる魔力を持っていたのかもしれない。
二十歳そこそこで結婚した最初の男(私の実父)は、
写真がすべて処分されるほどの「なかったこと」にしたいイケメンだった。
中身は、道路で寝ては警察を呼ばれる筋金入りのアル中。
ようやく別れたと思ったら、次に現れた「二番目の男」は、
ギャンブル狂で酒飲み、挙句に暴力まで振るう始末。
極めつけは、念願のマイホームの頭金を全額持って蒸発。
その日から我が家にはサラ金からの電話が鳴り止まなくなった。
■男を見る目のなさ、ここに極まれり、である。
あんなに苦労すると分かっていて、なぜ自ら地獄の門を叩くような真似をしたのか。
そんな母を何度も恨んだし、
「なんでこんな家に生まれたんだろう」と
子供ながらに絶望した夜は一度や二度ではない。
■それでも、昭和の女はタフだった
けれど、昭和の地獄を生き抜いた女は、やはりタフだった。
あんなに男に振り回され、お金に泣かされたはずなのに、
彼女は最後には自分の力で這い上がった。
定年退職と同時に、中古マンションをキャッシュで一括購入。
自分好みにリフォームしたその「城」で、今はひ孫に囲まれ、穏やかな老後を過ごしている。
「貧しくても、頑張ればそれなりに返ってくる良い時代だった」
母はそう笑うけれど、
それは地獄の底を這ってでも生き抜いた人間だけが言えるセリフだと思う。
■今日は母の日。
私は、かつて地獄の住民だった(かもしれない)母に、花を贈ろうと思う。
波瀾万丈すぎて、今の私にはとても真似できないけれど。
よくぞ私を産んで、あの激動の時代を生き抜き、私をここまで育ててくれた。
今は、心からそう思える。
お母さん、もう「地獄の住民票」はとうに除票されているはずよ。
これからはその快適な城で、のんびりと極楽のような日々を楽しんでください。
泰子より、愛を込めて。
世の中に本当の意味で『無料』なものなんて存在しないわ。良質なものをいただいたら、それに見合った感謝を形にする。それが大人の礼儀というものでしょう。私の毒、受け取っていただけたかしら?
押せばアラ還主婦たちのつぶやきに会えるわよ。
