
結婚して、慣れない家事と仕事の両立に追われていた新婚時代。
あの頃は、バタバタする毎日さえも「あぁ、私、家庭を築いているわ」
なんて、どこかうっとりしながら乗り越えていたものよね。
それから子供を授かって、子育てという名の怒涛の日々。
我が子は、もちろん文句なしにかわいい。何物にも代えがたい、私の宝物。
でもね、正直に言わせてもらえば。
吸い取られる体力とお金は、それはもう、恐ろしいレベルだった。
ようやく育て上げたと思ったら、次に待っているのは「介護」。
◼️愛だけじゃ、親の足は軽くならない
今の時代、協力的な男性が増えたとは言うけれど、
それでも私たちはうっかり
「夫が手伝ってくれる」 なんて言ってしまう。
家のこと、親のことは、結局のところ、女の肩にずっしりと乗ってくるのよね。
そろそろ私だって、「誰かに助けてほしい」と言いたいお年頃なのに。
そんな折に、私より元気なんじゃないかと思っていた母から、消え入りそうな声で電話があった。
「泰子、急に足が痛くて歩けなくなったの。
買い物もご飯も、ままならなくて……少し、助けてもらえるかしら」
もちろん、すぐに駆けつけたわ。
フルタイムで働きながら、自分の家のこともして、3日に一度は実家へ通う。
体力的には、正直、限界。ヘトヘト。
◼️ヘトヘトな私を支えたのは、育ててきた「あの子」だった
でもね。
そんな私を一番近くで支えてくれたのは、これまでコツコツと、大切に、
それこそ我が子のように育ててきた「資産」だった。
「今日はもう、一歩も歩けない」と思えば、迷わずタクシーを呼べる。
母の買い物も、使い勝手の良さそうな杖も、歩行補助車も。
「高かったらどうしよう」なんて躊躇せずに、ポンと買ってあげられる。
「いつも私を支えてくれるのは、大切に育ててきた子供たち……」
なんて、綺麗にまとめられたら素敵なんだけど。
今の私を救い、心に余裕をくれるのは、間違いなく自分で築いてきた資産なのよね。
◼️現実を支えるのは、いつだって確かな数字
愛だけじゃお腹は膨らまないし、親の足も軽くはならない。
現実を支えるのは、いつだって、確かな数字。
さあ、明日からもまた。
自分の自由と、家族の笑顔のために。
私は私らしく、したたかに、軽やかに、この「宝物」を育てていこうと思う。
良いものに出会ったとき、そっと感謝を形にできる人が好きよ。画面の向こうへの小さな会釈——お帰りの前に、忘れていないかしら?
押せばアラ還主婦たちのつぶやきに会えるわよ