
■ 新聞広告に、でかでかと躍っていた
新聞の広告欄に、でかでかとこんな文字が躍っていた。
「財産断捨離のすすめ」
著者は精神科医の和田秀樹さん。三刷出来、とある。売れているらしい。
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財産断捨離のすすめ ボケを遅らせ、争族を防ぐお金の使い方 [ 和田秀樹 ]
見出しにはこう書いてある。「お金を自分の楽しみのために使うと前頭葉が鍛えられる」「薬より質の高い栄養摂取にお金を惜しまない」「人付き合いにはお金をかけたほうが長生きできる」
……全部、正しいと思う。
ぐうの音も出ないほど、正論だ。
思うのだけれど。
私はしばらくその新聞広告を眺めながら、不機嫌に歩く夫の背中を思い浮かべていた。
■ 使えないのではなく、使わない
うちの夫は、お金を使わない。
正確に言うと、「使えない」のではなく「使わない」のだが、こちらから見れば結果は同じである。
夫婦で何度も旅行に行った。お金は使わない。気になるお店も素通り。疲れ果てて足が棒になっても、タクシーに乗ろうとお願いしても、どんな距離でも必ず歩く。会話も、いつの間にか少なくなった。
子どもたちのために思い出を作る必要がなくなった今、私はもう、夫と2人で旅行に行きたいと思っていない。
行くなら女友達と。あるいは娘と。
それが今の私の偽らざる気持ちだ。
■ 入ってくる人が言う台詞
和田さんは素晴らしい方だと思う。著書は多く、メディアにも出て、講演もされている。
そういう方が「財産は断捨離せよ」と言うのは、よくわかる。
プールから水が減っても、蛇口をひねればまた補充できるのだから。
でも、収入源が限られたまま老後を迎える人に向かって「お金は使うためにある」と言うのは——少々、酷ではないか。
使いたくても、使える立場にない人間が、この国にはたくさんいる。
■ うちは、逆だ
世の奥様方の悩みといえば、「夫がパチンコに」「夫がゴルフに」「夫が飲みに」——つまり使いすぎる夫への嘆きである。
「宵越しの金は持たない」江戸っ子のような夫に頭を抱える妻たちの構図は、ワイドショーや週刊誌の定番メニューである。
なのに私の悩みは、使わなすぎる夫である。
資産は私が管理している。お小遣いも渡している。「好きに使っていいよ」と言っても、使わない。お小遣いは手つかずで積み上がっていく。
「贅沢な悩みね」と笑われるかもしれない。
でも、死蔵されるお金より、一緒にいて楽しい相手と美味しいものを食べ、笑い合うことのほうが、よほど脳にも心にも効くはずだ。
■ 断捨離より難しいもの
「お金を使うと脳が活性化する」——その前段階として、使う気力と物欲が必要なのだということを、私はこの結婚生活で学んだ。
結局のところ、和田さんのおっしゃることは、ぐうの音も出ないほど正しいのだ。
「使う気力」があるうちに、心震える経験にお金を使う。それが健康の秘訣なのだろう。
けれど、その正論がわかっているからこそ、目の前で頑なに歩き続ける夫の背中に、私はため息をつく。
断捨離より難しいものが、この世にはある。
それは、他人の枯れ果てた物欲を呼び起こすこと。
夫の財布の紐を、ほどくことだ。
そもそもその財布に紐などついていないのに。
無料で毒を浴びたなら、せめて一押しという名の『手数料』くらい置いていってちょうだい。それが私たち大人の、共通言語よ。
押せばアラ還主婦たちのつぶやきに会えるわよ
