小金持泰子〜汗も涙も流さず静かに資産を増やす〜

必死に働いて節約もしてきた。それでも老後の不安は消えなかった。だから私は投資という選択肢を取った。投資(勿論、NISAも活用)と少しの現金で、静かに資産を積み上げている。汗も涙も流さない主義。だって、お化粧が崩れてしまうわ。

私が城を持つと決めた夜


還暦前の女が、真夜中に物件を物色している

夫の寝息が規則正しくなったのを確かめてから、私はそっとパソコンの画面を切り替えた。
投資サイトから、不動産サイトへ。

「ここのリビング、南向きね。カーテンはリネンにして、ソファはグレー……」

声に出さず、唇だけを動かしながら間取り図をなぞる。
還暦近い女が、真夜中に物件を眺めてうっとりしている。
傍から見れば滑稽かもしれない。
でも、いいじゃないの。
これは私だけの、秘密の愉しみなのだから。

不動産屋のお嬢さんを、三歩引かせた一言

そんなある夜、駅から徒歩三分・築三年の1LDKという、
まるで私の急所を狙ったような物件に出会ってしまった。

「資料請求」のボタンを押したのは、ほんの出来心。
ところが翌朝から、見知らぬ番号が執拗に着信を重ねてくる。
三日目、仕事の合間についつい出てしまった。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、蜂蜜を溶かしたような甘い声。

「三十分だけでも、ぜひ一度ご内覧ください」

気づいたら「じゃあ、一度伺います」と答えていた。

当日待っていたのは、私の娘よりも若いお嬢さん。
部屋は確かに素晴らしかった。ピカピカの最新設備、
清潔な白い壁。今の自宅とは比べるのも失礼なくらいだ。
なのに——何も響いてこない。
パソコンの画面で恋をした部屋とは別人のように、よそよそしく感じた。
ここで朝のコーヒーを飲む自分を、どう頑張っても思い描けない。

恋とは現実の前にあっさり色褪せるもので、
それは不動産においても同じことらしかった。

「ゴミ置き場は?」「自転車置き場は?」
「前のオーナーさんはどういった事情で?」

我ながら感心するほど急所を突いていく。
不動産好きの血が騒ぐのだから仕方ない。
価格交渉は一切不可だという。それがとどめだった。

「今回は見送ります。まだいろいろ勉強したいので」

そこまで言って、なぜか本音がするりと口をついた。

「実は、夫には内緒で、自分だけのマンションを買いたいんですよ」
お嬢さんの顔が、みるみる凍りついた。

「ご主人様に内緒はやめた方が良いかと」——だから何?

三歩ほど引いた顔で「ご主人様に内緒はやめた方が良いかと……」

私は心の中でそっとため息をついた。
女が「自分だけの城」を夢見ることの何がいけないの?
これは私の、私による、私のための戦いなのよ。

「いつか」を待っていたら、棺桶が先に来る

投資の画面で一喜一憂するのも、
すべてはその「城」に続く石畳を一枚ずつ敷き詰める作業。

還暦近い今の私にとって、
時間は砂時計からこぼれ落ちる砂のように、
確実に過ぎ去っていく。
「いつか」なんて言っていたら、
その「いつか」は永遠にやってこないかもしれない。

いや、もっとはっきり言おう。
いつか」を待っていたら、棺桶が先に来る。
私の野望は、もはや誰にも止められない。
窓の外に広がる街明かりが、まるで私の城の灯りのように瞬いていた。

———

なぜ私がここまで「家」に執着するのか。
それを語るには、五十年前まで遡らなければならない。


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