
先日このブログに綴った、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』の話。
思いのほか多くの方に読んでいただいて、「お金と幸せ」の相関関係について、また考え込んでしまった。
そして明日がサンジョルディの日だと気づいたとき、改めてあの感想をここに置いておきたくなった。
あれは読書感想文ではなく、「人生のポートフォリオ」の話だから。
「数字」しか残らなかった男の話
物語に登場する、推し活に人生を捧げる女性たち。
刹那的に見えるけれど、
彼女たちはその一瞬に「救い」を見出している。
他人の選択なら、それでいい。
ふと目をやると、リビングに夫が座っている。
「24時間戦えますか?」の時代を正直に生きた人。
家族のために、と信じて走り続けた結果、
定年後に残ったのは通帳の数字と、
家族との間に積もった静かな距離だった。
娘の留学費用をさっと出す姿は、
頼もしく見える。
でも私には、「会話」より「お金」の方が簡単だった、という長年の習慣が透けて見える。
責めているわけじゃない。
ただ、少し寂しい。
私が私に贈る、最高のご褒美
明日はサンジョルディの日。
本と花を贈り合う、
カタルーニャの美しい習慣。
誰かが薔薇を差し出してくれるのを待つのは、
もう卒業した。
今日は自分で、赤い薔薇を買う。
イサム・ノグチの「AKARI」が落とす柔らかな陰影の中で本を開きながら、
投資で積み上げてきたものの意味を、
静かに噛みしめる。
それは老後資金であると同時に、
「ああ、よく頑張ってきたわ」
と自分を抱きしめるための、
心の余白でもある。
幸せの「格差」とは
通帳の数字は誰が見ても
同じ価値かもしれない。
でも、
その数字を「豊かさ」に
変えられるかどうかは、
どれだけ自分の人生を丁寧に愛してきたかで
決まると思っている。
これからも、投資という手段を賢く使いながら、
この「自分への満足感」という目に見えない資産を育てていきたい。
とりあえず今日は、薔薇と、新しい一冊。
いつも誰より頑張っている
「私」という貴婦人へ、敬意を表して。
良いものに出会ったとき、そっと感謝を形にできる人が好きよ。画面の向こうへの小さな会釈——お帰りの前に、忘れていないかしら?
