
10年前の私、1円稼げず白旗を揚げる
白状しよう。
50代はじめの頃だったか、
私は盛大にやらかした。
「ブログでお小遣い稼ぎ!」
と鼻息も荒くアフィリエイトの世界に乗り込んだはいいものの、
報酬画面に並んだ数字は、
1円、10円、1円、10円……。思わず目を疑った。
もしかして、これはドル表示?
いや、円だった。
紛れもなく、日本円だった。
あっさり白旗を掲げ、撤退した。
惨敗どころか、ほぼ不戦敗で。
それでも口座を掘り起こした、58歳の春
それから10年ほど……58歳になった私は、
ある日ふと、
あの忘れたい記憶のアカウントを
掘り起こしてみた。
残高は、相変わらず空っぽだった。
そりゃそうだ。
10年近くも何もしていないのだから。
「自由を買い取る」――その一言で、心が凪いだ
でも私は、その空っぽの画面を見て、
10年前のように肩を落とさなかった。
むしろ、ふふん、と笑った。
今の私には、あの頃と決定的に違うものがある。
明確な「意志」があるのだ。
「自分の力だけで、自由を買い取る資金を作る」
誰の給料でもない。
誰の扶養でもない。
私だけの判断で、
私だけの目的のために使える、潤沢な軍資金。
この目標を決めた瞬間、
不思議なほど心が凪いだ。
スーパーのチラシで10円の特売を見ても、
「あら、そう」と素通りできる。
以前の私なら、
チラシを握りしめて走っていたと思う。
配当と複利。
遅すぎた出会いに、思わず叫んだ
お金の勉強を始めて、二つの言葉に出会った。
「配当」と「複利」
配当とは、働かずとも届く、嬉しい便り。
複利とは、時間を黙って味方につける、静かで狡猾な魔法だ。
これを知ったとき、思わず声に出た。
「ズルい。なんてズルい仕組みなの」
真面目に汗水たらすことの尊さは、
わかっている。
でも、お金にも働かせるという発想を、
なぜ誰も教えてくれなかったのだろう。
学校でも、母からも、誰からも。
欲張りで結構。
私は自分に、欲張りを許した
綺麗事は言わない。
私は欲張りである。
「お金より大切なものがある」
――おっしゃる通り。反論はしない。
でも私は、自由を掴み取るためなら、
欲張ることを自分に許した。
配当も、複利も、そしてこのブログも。
使える武器はすべて使う。
10年前、1円も稼げなかった女が言っても、
説得力は皆無かもしれない。
それでも構わない。
58歳は終わりじゃない。逆襲の、始まりだ
今度の私は、
あの頃より欲張りで、
少しだけ賢くて、ずっと図太い。
58歳は、終わりではない。
「小金持」という名の、自立への逆襲の始まりである。
どうか、呆れながらでも、見守っていてほしい。
