
電話帳一つで、人生を切り拓いていた
かつての私は、電話帳一つで人生を切り拓いた狂戦士だった。
三十年前、二十代後半の記憶を紐解けば、
そこには恐ろしいほど『無鉄砲』な女が立っているのである。
保育料五万円と、えいやっのマンション
貯金なんて一千万円にも満たないし、夫婦合算の月収だって五十万円にも程遠かった。
おまけに当時は、公立の保育園が産まれたての赤ん坊なんて預かってくれない時代。
必死で電話帳をめくって見つけた私設のベビールームは、
運良く自宅と職場の間にあったけれど、保育料は月に五万円近くもした。
手取りの少ない若造にとって、その五万円がどれほど重いか。
「働いても働いても、保育料で消えてしまうじゃない」
そう溜息をつきながらも、私は「家庭に入る」という選択肢を、
鼻から撥ね退けていた。
何より驚くのは、そんなカツカツの状況で、
私たちは数千万円のマンションを
「えいやっ」と買ってしまったことだ。
頭金なんて、かき集めても数百万。
これから子供たちの教育費が雪だるま式に増えていくことだって、
火を見るより明らかだったはずなのに。
あの頃の私に問い詰めてみたい。
「ねえ、あなた、その根拠のない自信は一体どこから来たの?」
アラカンの投資家になった、今の私
翻って、今の私。
資産は当時の何倍にも膨らみ、子供たちも独り立ちした。
投資の世界で「千円の積み立て」に震えていた臆病な時期を通り抜け、
今や五千万を超えるポートフォリオを動かす「アラカンの投資家」だ。
それでも、算盤を弾いてしまう
なのに、どうだろう。
長年の夢——今のマンションとは別に、もうひとつ、
いつか自分だけのマンションを持つこと——を、私はずっと温め続けてきた。
そのずっと夢見てきた「自分だけの城」を前にして、
私はデパ地下で買った惣菜を突っつきながら、
あーでもない、こーでもないと頭を抱えている。
「高配当株を手放したら不労所得が減ってしまう」
「管理費の二重払いは、合理的じゃないよね」
なんて抜け目のない、大人の算盤だろう。
かつての私は、三万円のパンプスを買うような軽やかさで、
数千万円の不動産契約書に判を突いていたというのに。
若さとは、未来を信じる一種の狂気だ
若さとは、未来を信じて疑わない「一種の狂気」なのかもしれない。
けれど、今の私には「経験」という名の、少し厄介な重しがある。
それでも。
あの時、電話帳を必死でめくって
保育所を探し当て、
働き続けることを選んだ私。
その私がいたからこそ、
今の「野望」があるのだ。
あの頃の私に、胸を張れる決断を
ちょっとお高めワインで守りに入りかけた自分を追い出し、
私は今日もSUUMOの画面をスワイプする。
そして、あの頃の私に胸を張れるような決断を…
ひとつ、してやりたいと思う。
