小金持泰子〜汗も涙も流さず静かに資産を増やす〜

必死に働いて節約もしてきた。それでも老後の不安は消えなかった。だから私は投資という選択肢を取った。投資(勿論、NISAも活用)と少しの現金で、静かに資産を積み上げている。汗も涙も流さない主義。だって、お化粧が崩れてしまうわ。

「私の人生は誰のもの?“誰かの空きスペース”を埋め続けた私の決断」


私の人生は誰のもの?

三十年以上、家族という組織に人生をフルタイムで捧げてきた。
それはそれで幸せなはずなのに、
ある日ふと、
冷や汗が出るような思いがしたのだ。
このままじゃ私、
死ぬまで誰かのスケジュール帳の
「空きスペース」を埋めるためだけに
生きて終わるんじゃないか。

妻へのサービスという傲慢

きっかけは、なんてことのない有給休暇の日だった。
その日の私の計画は、控えめに言っても完璧。
お気に入りのカフェで、こっそり積み立ててきた資産運用の推移表を広げ、誰にも邪魔されずに
「自分だけの軍資金」をニヤニヤと眺める……。

六十代を目前にした午後の愉しみとしては、
最高に贅沢で、そして密やかな遊びだと思わない?
ところが、夫という生き物は、
妻が家にいると分かった瞬間に
「これ、ついでに買ってきて」
と買い物メモを差し出してくる。
おまけに「前から行きたがってただろ」という、
恩着せがましいドライブまでセットにして。

たちが悪いのは、彼がそれを「妻へのサービス」だと信じて疑わない、その無邪気すぎる傲慢さだ。

気づけば、もう夕方。
私の貴重な休暇は、スーパー数軒のハシゴと、
別に興味もない景色の間に、きれいさっぱり消えていた。

どっと押し寄せる疲労感の中で、
レジ袋の重みに指を食い込ませた瞬間、
私の中で何かが弾けた。

自分の時間を取り戻すという決意

そうよ、だからこそ必要なのよ。
誰の夕飯も考えなくていい。
誰の機嫌も伺わなくていい。
「私にはこれだけある」という確かな数字が、
心のゆとりと、確かな自由を連れてくる。

小金持泰子として生きるという選択

私はこの春、決めた。
名前の通り、しっかり「小金持(こがねもち)」になって、人生の主導権を奪い返す、と。

このブログは、そんな一人の女「小金持泰子」の、静かで、でもかなり本気な野望の記録。

夢なんて、言葉にした瞬間から現実へと動き出すか、
あるいはただの妄想で終わるかのどちらか。
私は、前者でありたい。

「私の人生、いったいどこへ行っちゃったんだろう」
夕飯の後片付けをしながら、シンクに向かって溜息を飲み込んでいる人がいたら、ぜひ覗いてみてほしい。

さて、新しく買い足す投資信託の銘柄を頭の中で品定めしながら、今夜も粛々と夕飯の支度にかかるとしよう。

これが今の私にできる、最大にして最小の「反逆」なのだから。

そして自分のために生きる

こうして書いてみて気付く
特別なことをしているわけではない。
ただ「自分のためにお金を持つ」という、
ごく当たり前のことを、
ようやく自分に許し始めただけだ。

誰かのために生きる時間が長かった人ほど、
「自分のためにお金を使う」「自分の未来に備える」という発想は後回しになりがちだと思う。

でも、それを少しずつでも取り戻していくことが、
私にとっての“本当の自由”なのかもしれない。


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