保険では守れない人生がある。だから私は今日も投資を続ける

投資体験記

先日の記事では、自分の家計の「現在地」を知ることの大切さについて書いた。
老後資金を計算してみると、数字の上ではひとまず安心できる結果だった。
でも、その記事を書き終えた直後、ふと頭に浮かんだことがある。

「そういえば、引きこもり保険なんてないわよね。」

  • 医療保険は病気に備えるもの。
  • 火災保険は家が燃えたときのため。
  • 自動車保険も、生命保険もある。

日本人は本当に保険が好きだ。

もちろん、それが悪いとは思わない。
私自身も、これまでそうやって安心を買ってきた一人だ。

だけど人生の「まさか」は、保険会社が想定した範囲だけで起こるわけではない。
約款には書かれていない出来事が、ある日突然やってくる。

考えてみれば、世の中にある保険は、
起きる確率がある程度予測できるリスクに対して設計されている。
病気になる確率、事故に遭う確率、家が燃える確率。
統計があるから、保険料が計算できる。
でも、わが子が社会に出られなくなる確率を、
どんな保険会社が計算できるだろうか。
起きてみるまで、誰にもわからないことがある。

20年前の私は、想像すらしていなかった

20年前。
「将来、自分の子どもが働けなくなるかもしれない。」
そんなことは、1ミリも考えたことがなかった。
だから当然、そのための備えなんて何一つしていなかった。
仮に当時、「引きこもり保険」という商品が存在していたとしても、
私はきっと加入しなかっただろう。
そんなことは自分には関係ない。
どこか遠くの、誰かの話だと思っていたからだ。
でも現実は違った。

息子が家から出なくなった。

当時の私には、貯金はあった。
でも、それがこんなに長く必要になるとは思っていなかった。
1年が2年になり、2年が5年になった。
家計への影響より、精神的な消耗の方が大きかった。
そのとき初めて気づいた。
お金があっても、心に余裕がなければ、人は正しい判断ができなくなる。
お金は、余裕を作るためにあるのだということを。

人生は、自分が想像できる範囲だけでできているわけではない。

家族のこと。
心の問題。
人には説明できない事情。

そういう「制度や保険では支えきれない出来事」が、
静かに人生へ入り込んでくることがある。

保険では守れないリスクがある

老後資金を計算してみて、「数字上の安心」は確認できた。
でも同時に、もう一つの現実も突きつけられた。
未来は、計算どおりには進まない。
それが人生なんだと思う。
だから私は投資を続けている。
一攫千金を狙っているわけではない。
誰よりお金持ちになりたいわけでもない。

ただ、予想もしなかった出来事が起きたとき、
お金の心配まで重なってしまったら、人は本当に苦しくなる。

だからせめて、お金だけは味方につけておきたい。

毎月少しずつ株を買い続けて、もう5年以上が経つ。
劇的に生活が変わったわけではない。
でも、通帳の数字が少しずつ育っていくのを見るたびに、
「これがあれば、何かあっても少しは持ちこたえられる」
という感覚が生まれてくる。
それは自信とも、安心とも少し違う。
静かな、覚悟のようなものだ。

私にとって資産運用は、お金を増やすことよりも、
未来の自分を支えるための防波堤なのだ。

人生には、自分で備えるしかないこともある

保険が守ってくれるのは、あくまでも「定義されたリスク」まで。
でも人生には、定義できない出来事がある。
保険証券には書かれていない「まさか」は、
自分で積み上げた資産や経験、そして心の余裕で受け止めるしかない。
だから今日も私は、静かに資産を育てている。

未来を当てるためではなく、未来に負けないために。

皆さんは、保険ではカバーしきれない「まさか」に、どう備えていらのかしら。

※本記事は筆者個人の投資経験や考え方をまとめたものです。特定の銘柄や投資手法を推奨するものではありません。投資には元本割れを含むリスクがあります。最終的な投資判断はご自身の責任でお願いいたします。

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