小金持泰子〜汗も涙も流さず静かに資産を増やす〜

必死に働いて節約もしてきた。それでも老後の不安は消えなかった。だから私は投資という選択肢を取った。投資(勿論、NISAも活用)と少しの現金で、静かに資産を積み上げている。汗も涙も流さない主義。だって、お化粧が崩れてしまうわ。

前略、兄の下より——元ヤンキーの兄が逆玉の輿という人生を生きている

 

◼️ソイヤ、ソイヤ、ソレ、ソレ

あの頃、そんな掛け声が街に響いていた。

細眉に剃り込みを入れたいわゆるヤンキーたちが
まだ幅をきかせていた時代の話だ。
兄もそんな一人だった。
学生の頃、兄は先生からよく言われたらしい。
「妹を見習え」
その妹が私である。
勉強は私の方ができた。
素行も私の方がよかった。
客観的に見れば、私の圧勝だったと思う。
私の同級生、そして部活の先輩は、
お兄さんカッコいいね。
いいね、泰子さんはあんなお兄さんがいて。
とよく私に話しかけてきた。
腹立たしいことに、それは事実だった。

■ 兄の武器はふたつだった

イケメンであること。
そして、人を笑わせるのがうまいこと。
学歴でもない。
資格でもない。
生まれながらに持っていた
その二枚のカード。
兄はその武器で人生を切り開いていった。
職を転々とした末に
ドライバーとなった兄が出会ったのは、
両親が開業医という女性だった。
格差婚どころの話ではない。

元ヤンキー。
実家は貧乏。
それでも彼女は兄を選んだ。
今振り返ると、
イケメンであること。
人を笑わせる力があること。
この二つは、世の中で思っている以上に
強力な才能だったのだと思う。

■ その後の兄の人生

高級住宅街に百坪の土地。
建坪五十坪のこだわりの注文住宅。
高級車。
家族で海外旅行。
大型犬。

同じ親から生まれた妹には、
なかなか縁のない世界だ。
兄の子供たちもそれぞれ家庭を持ち、
今では孫にも恵まれている。
還暦を迎えた今も、兄は現役のドライバーだ。
二年前には胃がんで大きな手術も経験した。
妹としては、
もう少しゆっくり暮らしてほしいとも思う。
でも本人にその気はないらしい。
相変わらず働いている。
お嫁さんにも、
そのご実家にも頭が上がらないようだが、
それもまた兄らしい。

■ 人生とは、本当にわからない

子供の頃から、
「努力すれば報われる」
そう教えられて育った。
だから勉強もしたし、
真面目にも生きてきた。
もちろん、
それは無駄ではなかったと思う。
ただ兄を見ていると、
それだけでは説明できない人生もあるのだと感じる。
人を惹きつけること。
人を笑顔にすること。
そういう才能が人生を大きく動かすこともある。
あのツッパリ兄ちゃんが、
今では孫に囲まれ、大型犬と暮らしている。
その姿を見ると、不思議と悪い気はしない。
子供の頃は、いつも兄よりも上にいたような気がしていた。
勉強も私の方ができたし、
先生も私を褒めてくれた。
なのに気がつけば、
高級住宅街の大きな家で
大型犬と暮らしているのは兄の方である。

どうも人生は、
通知表だけでは決まらないらしい。
だから私は今も、兄の下にいる。
人生とは、本当にわからないものである。

前略、
未知の途中より

泰子



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家族が困らないために、私が110円でやったこと。

ダイソーの「もしもノート」を買ったら、夫の行方不明だった株のことを思い出した。

ダイソーで文具コーナーをぶらぶらしていたら、赤い表紙のノートが目についた。

「もしもノート じぶんノート For my future」
110円。かわいらしいだるまの絵が描かれている。
プロフィール、日々のルーティン、お気に入りのもの、
ライフラインの契約先、IDやパスワード、連絡先リスト、
もしもの時に伝えたいこと——そんな項目が並んでいた。
ぱらぱらとめくりながら、しばらく立ちすくんだ。
これ、私に必要なやつだ。
もし私が突然いなくなったら...
家族は私のお金のことをどこまで把握できるだろうか。

■ 年間1,200億円以上が眠っている

亡くなった方の預金口座などが長年放置されると、
休眠預金として管理される。
毎年1,200億円以上のお金が、
持ち主や相続人に気づかれないまま眠っているという。
後から請求することはできる。
でも、そこにお金があることを知らなければ請求のしようがない。
知らなければ、そのまま眠り続ける。
家族のためにと思ってコツコツと積み上げてきた資産が
誰にも気付かれないまま眠り続ける・・・
それでは何のために残したのか分からない。

■ 夫の株、半分の行方がわからない

数年前のことを思い出した。
夫が定年まで勤めた会社の持株会の株を持っていた。
ずっと野村証券で管理されていたので、
手数料の安いネット証券への移管を勧めた。
夫はあまり乗り気ではなかったが、なんとか了承してもらい、
手続きを進めようとした。
ところが。
1,600株持っているはずなのに、確認できるのは半分だけだった。
年に2回、銀行口座には1,600株分の配当金が振り込まれている。
つまり株は確実に存在している。
なのに、その株がどこにあるのかわからない。
何十年も前の手続きはすべて夫任せだった。
私はノータッチ。
書類も夫管理。
そして肝心の夫の記憶も曖昧だった。
書類をひっくり返しても手がかりは出てこない。
結局、ほふり(証券保管振替機構)を使って照会し、
ようやく見つけることができた。
手続きは面倒だった。
費用もかかった。
時間もかかった。
でも——
夫の株は、私が「夫が株を持っている」と知っていたから探せたのだ。
では——
私の資産について、家族はどこまで知っている?

■ デジタル資産は「知っている」と「わかる」が違う

私はネットバンクとネット証券をメインに使っている。
通帳はない。
証券会社から紙の取引報告書も届かない。
お金の管理はスマホとパソコンが中心だ
夫も子どもたちも、私が株をやっていることは知っている。
ネット銀行を使っていることも知っている。
でも、
どこの証券会社を使っているのか。
どこの銀行に口座があるのか。
資産全体をどうやって確認すればいいのか。
そこまでは知らないと思う。
日本株はまだ株主総会の案内や配当通知が郵便で届く。
けれど、それもいずれデジタル化されていくだろう。
米国株にいたっては、最初からほとんど何も届かない。
資産があることは知っていても、
どこに何があるかわからなければ探し出すのは簡単ではない。
夫の株の時に苦労した私だからこそ、それがよくわかる。

■ 110円のノートに書き出したこと

そこで、もしもノートに書き留めることにした。
利用している銀行。
証券口座の一覧。
お金の管理に使っているマネーフォワードMEのこと。
スマホとパソコンに入っていて、
資産全体はそこを見れば把握できること。
保険証券や登記簿などの重要書類の保管場所。
細かな残高やパスワードではなく、
家族が入口にたどり着ける程度の情報をまとめた。

子どもたちにも伝えた。
「何かあったらここを見てね」と。
旅行に出かける時には、
同居している息子に必ず一声かけるようにもしている。
万が一の時は、この書類を見てほしいと。

■ 母のことも他人事ではなかった

以前、知人が母親の認知症施設への入所手続きで困り果てていた。
入所にはまとまったお金が必要だった。
しかし本人は認知症が進み、自分で手続きができない。
家族がお金を管理しようとしても、
思うように進まず苦労したという。
それを聞いて、自分の高齢の母にも確認した。
通帳や重要書類はどこにあるのか。
何かあった時、家族が困らない状態になっているのか。
親のことも、自分のことも。
元気なうちに話しておく必要があるのだと思った。

■ お金を増やすことだけが資産管理ではない

投資を始めてから、お金を増やすことばかり考えてきた。
どの銘柄を買うか。
どの口座を使うか。
配当はいくら増えたか。
そんなことばかり。
でも最近は思う。
家族は私が株をやっていることを知っている。
ネット銀行を使っていることも知っている。
それでも、どこに何があって、
どう管理されているのかまでは知らない。

残された家族が困らないようにしておくことも、
大事な資産管理なのだと思う。

もしもの時は、案外突然やってくる。
ダイソーの110円のノートは、そのことを私に教えてくれた。


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小金持家の結婚祝い事情。式なし娘にいくら渡すか問題

 

■ジューンブライドって

6月になった。

ジューンブライドという言葉、今もあるのだろうか。

梅雨のど真ん中に花嫁になりたい人がそんなにいるとは思えないけれど、
ブライダル業界が簡単に手放すはずもない。

娘が入籍した。

結婚式はなし。新婚旅行もなし。
二十代半ばから5年以上同棲していた同い年の彼と、
ただ籍を入れた。
住む場所も変わらない。
苗字以外は何も変わらない。
新婚旅行も後から国内をのんびり旅したくらいだ。
今どきだな、と思った。
むしろ合理的でいいな、とも思う。

夫側の姪と甥、私側の姪と甥。
合わせて4人いるが、結婚式を挙げたのはそのうち1人だけだ。
もはや挙げる方が少数派になりつつあるのかもしれない。
親としては少し寂しい気持ちもある。
花嫁姿を見たい気持ちがなかったと言えば嘘になる。
でも考えてみれば、私たちの世代の派手な結婚式と、
その後の結婚生活は別の話だった。
豪華な会場も、大勢の招待客も、
夫婦円満を保証してくれるわけではない。
生きた証拠がここにいる。
私である。

■結婚祝いの金額

さて、お祝いをいくら渡すか問題だ。

私の頭の中では100万円だった。
どうせいつかは娘たちに渡るお金である。
だったら人生の節目に渡したい。
娘はフリーランスのデザイナーだ。
収入は月によって波がある。
人付き合いも多く、出費もそれなりにある。
結婚祝いという名目の、
こっそり生活応援資金でもあった。

そこで昭和人間の夫に相談した。
すると即答だった。
「そんなに渡してもすぐ無駄使いするだろ」
「また何か必要な時に渡せばいい」
「30万で十分だ。式も挙げないんだし」

……結果。

30万円になった。
財布を握っているのは私だ。
家計を管理しているのも私だ。
投資をしているのも私だ。
主導権は私にある。
そう思っていた。
思っていたのだが。
気づけば夫の言い値に着地している。
これが何十年も繰り返されてきた我が家のパターンだったことに、
今さら気づいた。
私も案外、昭和だったのである。

■私の場合

そういえば私が結婚した時、
母からいくらもらっただろう。
ほとんど記憶にない。
たぶん大した額ではなかったと思う。
いやもらってないかも。
でも後になってマンション購入の時に
少し助けてもらった。
あの時は本当にありがたかった。

■結婚式の後の方が長い

人生は結婚式の日だけではない。
その後の方がずっと長い。
今回は30万円で許しておくれ。
残りはまた、何かの節目に。

人生の節目は、結婚だけじゃないからね。


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小金持泰子のお財布事情『2026/05』

◼️他人の懐具合は気になる

月末になると、資産公開の記事を書く人を見かける。

私はそういう記事が結構好きだ。

他人のお財布事情というのは、なぜか気になる。

自分と比べたり、安心したり、焦ったり。

お金の話は下世話と言われるけれど、生活そのものでもある。

ということで、今月の我が家のお財布事情を記録しておこうと思う。
今回は泰子の証券口座内の資産と小金持家の家計簿を公開。


◼️資産公開【2026年5月31日時点】

資産残高:5,892万円

評価損益:+1,649万円(+38.86%)




数字だけ見れば、なかなかの金額になった。
ありがたいことに、投資を始めた頃には想像もしなかった数字だ。
でも正直なところ、自分がお金持ちになったとは思っていない。


◼️1,000万円を超えても景色は変わらなかった


若い頃の目標は、まず1,000万円だった。
100万円を貯めるのも大変だった時代に、
1,000万円は遠い世界に見えた。
そこに到達したら安心できると思っていた。
ところが実際には、何も変わらなかった。

次は2,000万円。

その次は3,000万円。

気がつけば、野村総研が定義する資産ピラミッドの
「純富裕層」の基準である5,000万円が頭に浮かぶようになった。
そして投資を続けるうちに、そのラインも超えた。
でも、不思議なくらい安心感はない。


◼️ゴールポストは勝手に動く

数年前は「老後2,000万円問題」が大騒ぎになった。
あの時は私もかなり衝撃を受けた。
ところが今では「老後4,000万円問題」
という言葉まで出てきている。

物価は上がる。
社会保険料も上がる。
税金も増える。
追いついたと思った頃には、またゴールが遠くなっている。
もちろん、5,000万円あれば十分だと思う人もいるだろう。
実際、私も若い頃の自分が見たら驚くと思う。
それでも、老後の生活や息子の将来、
これから先の物価上昇を考えると、「もう何も心配ない」とは思えない。
安心というのは、
数字だけでは手に入らないものなのかもしれない。

◼️それでも投資を続ける理由

私の資産の大半は国内高配当株だ。
配当金を受け取りながら、
長く持ち続けることを前提にしている。
暴落が来ても売らなくて済むように。
株価ではなく、企業が稼ぐ力を見ながら保有するために。
だから含み益が増えても生活は何も変わらない。
スーパーの特売は今でも気になる。
ふるさと納税の限度額も計算する。
5,000万円持っていても、
100円の値上げには普通に腹が立つ。
投資家というより、ただの節約好きな主婦である。


◼️家計簿公開【2026年5月】





家計簿2026年5月


■ 家計簿公開【2026年5月】
収入 支出 収支
¥377,370 ¥253,655 ¥123,715
カテゴリ 金額 割合
🍽 食費 ¥90,043 35.5%
🏠 住宅 ¥38,029 15.0%
👗 衣服・美容 ¥29,031 11.5%
📂 未分類 ¥16,824 6.6%
📦 その他 ¥16,789 6.6%
💡 水道・光熱費 ¥14,606 5.8%
🛡 保険 ¥10,000 3.9%
🧹 日用品 ¥8,800 3.5%
📱 通信費 ¥6,778 2.7%
🏥 健康・医療 ¥5,240 2.1%
🎭 趣味・娯楽 ¥3,833 1.5%
📚 教養・教育 ¥3,400 1.3%
🥂 交際費 ¥2,000 0.8%
🏛 税・社会保障 ¥242 0.1%
支出合計 ¥253,655 100%


収入:377,370円

支出:248,475円

収支:+128,895円



今月は12万円ほどの黒字だった。
支出の中で一番多いのは食費。
約9万円で全体の36%を占めている。
ただし我が家の食費には、食品だけでなく
ドラッグストア、ホームセンターで買った日用品もかなり含まれている。
洗剤もトイレットペーパーも、お酒も調味料も全部まとめて食費扱いだ。
細かく分類し始めると面倒になって続かない。
家計簿は正確さよりも継続の方が大事だと思っている。
その次に多いのが住宅費。
マンションの管理費と修繕積立金で約3万8千円。
衣服や美容関連が約2万9千円だった。
GWやお伊勢さんへ出かけた割には、
比較的少ない出費で済んでいる。


◼️資産が増えても、家計簿はやめない

証券口座に5,000万円以上あるのに、
毎日家計簿をつけている。
人によっては不思議に思うかもしれない。
でも私にとっては逆だ。
資産形成は、日々のお金の流れの積み重ねでしかない。
毎月いくら入ってきて、何に使ったのか。
ざっくりでも把握していなければ、
お金は案外簡単に消えていく。
投資だけで資産が増えたわけではない。
家計管理もまた、資産形成の一部だったと思っている。

◼️来月は増えているのか、減っているのか。

それは誰にも分からない。
上がる月もあれば、下がる月もある。
だからこそ、こうして記録を残しておく意味がある。
また月末に、ありのままの小金持家のお財布事情を公開しようと思う。


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日経平均は最高値。豊かになったのは誰?

◼️久しぶりに近所のカルディへ行った。

切らしていたお気に入りのドレッシングを買うためだ。
カルディは別に安くない。それなのに、店内はいつも混んでいる。
輸入食品や珍しい調味料を眺めながら店内をぶらぶら歩く。
あの独特の空気が好きな人は多いのだろう。
私もその一人だ。

その日の朝、近所のスーパーをのぞいた。
すると開店前から人が並んでいる。
目当ては半額シールだ。
前日のスイーツや惣菜が値引きされる時間を狙っているらしい。

日経平均は最高値を更新している。
私が株を始めた頃から考えたら信じられないほど上がった。
それなのに、どうして「みんなが豊かになった」
という実感がこんなに薄いのだろう。

◼️高くても賑わう場所がある

東京ディズニーリゾートのチケットは、
気が付けば1万円を超えている。
それでも園内は人で溢れている。
祖父母が孫のために奮発して連れて行く話もよく聞く。
ランドセルもそうだ。
私たちが子育てしていた頃とは比べ物にならないような価格の商品が売れている。
「孫のためなら」
そう言って財布を開く祖父母は少なくない。

吉田拓郎のコンサートチケットも2万円を超えていた。
行きたかったのに全く取れなかった。
大相撲観戦チケットも何度トライしても取れない。
いつも完売。
スターバックスでは800円近いフラペチーノが当たり前のように売られている。
高いものが売れない時代ではない。
むしろ、高くても人が集まる場所にはしっかり人が集まっている。
その一方で、スーパーは半額シールを貼り続ける。
そしてそれを目当てに並ぶ人たちがいる。
同じ社会の中に、この両方が存在している。

◼️お金の使い方が二極化している

「K字経済」という言葉がある。
経済の恩恵を受けた人は上へ。
そうでない人は下へ。
アルファベットのKのように格差が広がる現象だ。
カルディで買い物をしている人たち。
ディズニーに行ける人たち。
高額なコンサートチケットを購入する人たち。
その中には、資産を持ち、子育ても終わり、
自分のためにお金を使える世代が
かなり含まれている気がする。
バブル崩壊も経験した。
リーマンショックも経験した。
それでも株や不動産を持ち続けた人たちは、
資産価格の上昇という果実を受け取っている。
孫への大盤振る舞いも、
その余裕から生まれているのだろう。

若い人たちもまた違う形で消費している。

結婚しない。
車を持たない。
家も買わない。

その代わり、推し活や旅行、おしゃれなカフェ、
最新のスマホやイヤホンなどのガジェット類には惜しまずお金を使う。
「将来のために我慢する」よりも、
「今の自分が楽しいことに使う」

それもまた合理的な選択なのかもしれない。

◼️配当金をもらいながらスタバを素通りする投資家

告白すると、私はスタバが勿体なくて入れない。
配当金を受け取っている投資家が、
800円のラテを見て躊躇する。
我ながら少しおかしい。
でもこれは節約とかケチとかではなく、
価値観の問題だと思う。
私の中のコーヒーの基準値は、
昔通った喫茶店の300円あたりで止まっている。
コーヒーチケットを買えばさらに安かった。
そんな時代を知っている。
だから800円のコーヒーを見ると、
どうしても脳内で計算してしまう。
一方で若い世代にとってスタバは、
私たち世代の喫茶店と同じ存在なのだろう。
日常の中の小さな贅沢。
最初からその価格が当たり前の世界で生きている。
世代によって「普通」の基準が違う。
案外、それだけの話なのかもしれない。

◼️カルディが売っているもの

結局、カルディが売っているのは安さではない。
お気に入りのドレッシング。
ここでしか見かけない調味料。
輸入菓子を眺める楽しさ。
店内を歩くちょっとしたワクワク感。
人は価格だけで買い物をしているわけではない。
納得感や楽しさにもお金を払っている。

日経平均が最高値を更新しても、
その恩恵がすべての人に届くわけではない。
開店前から半額シールを待つ人たちは、
その現実を静かに物語っている。
でも同時に、
価格ではない何かに価値を感じてお金を使える人たちも確実に存在する。
カルディの混雑も、それを証明している。

◼️日経平均は最高値を更新しても

日経平均がいくら最高値を更新しても
スーパーの半額シールを待つ列は消えない。
豊かになった人がいるのは確かだ。
でも、みんなが豊かになったわけではない。

そして私は今日も、配当金を受け取りながらスタバを素通りして、
カルディでドレッシングを買っている。
豊かさというのは、日経平均の数字ではなく、
自分が納得できることにお金を使える状態のことなのかもしれない。


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200万円のお仏壇が教えてくれた

■ 相談なしに、やってきた

義父が亡くなったとき、義母が仏壇を買った。
200万円の、金ピカで、まあまあ大きな仏壇。
その義母も亡くなり、ある日、お仏壇が我が家にやってきた。
事前の相談は、一切なかった。
「俺は長男だから」
夫の言葉は、それだけだった。
私たちが住むのは、80平米弱のマンション。
しかもその少し前、和室をリフォームして、
フローリングの広々としたリビングにしたばかりだった。
インテリアに合うコンパクトなものに買い替えてほしい、とお願いしてみた。
けれど、夫に聞く耳を持たれなかった。
「200万円だぞ。買い替えなんてありえない」
そうですか。

■ 供えろ、供えろ

それから我が家では、
何かにつけてお仏壇が最優先になった。
頂き物があれば、まず供えろ。
食事の前に、まず供えろ。
何をするにも、まず仏壇。まず仏壇。仏壇。仏壇。仏壇。
子どもたちは、あからさまに不満そうな顔でお供えをするようになった。
めんどくさそうに手を合わせ、さっさとその場を離れる。
ご先祖様への感謝を力づくで叩き込もうとした結果が、
これだった。

■ ご先祖様は、本当にバチを当てるのか

ところで私はずっと、ある違和感を抱えていた。
「ご先祖様を大切にしないとバチが当たる」
という世間の脅し文句への、根っこからの違和感。
かつてテレビで一世を風靡した占い師も、盛んに言っていた。
ご先祖様を大切に、と。
それはそうだ。そこは分かる。
でも立ち止まって考えてみてほしい。
自分の子どもや孫、その先を生きる子孫たちの不幸を願うご先祖様なんて、
本当にいるだろうか。
私がもし、あちら側の住人になったとしたら、

「まず私に美味しいものを供えなさい」
「もっと私に感謝しなさい」
「さもなくば、バチを当てるわよ」

――愛おしい、可愛い自分の子孫に向かって、そんなことを思うだろうか。
思わない。絶対に、思わない。
「バチを当てるご先祖様」というのは、
一体だれの都合で作られたファンタジーなのだろう。

■ 信心は、強制では育たない

子どもたちは今、すっかり大人になった。
お仏壇の話になると、呆れたようにこう言う。
「そこまでご先祖様に感謝しなきゃいけないなら、お父さんが一人でやればいいじゃん」
義務と強制のなかで、信心は育つどころか、静かに息絶えていった。

200万円のお仏壇は、今日も変わらず金ピカのまま、
私たちのリビングの一角に、所在なさげに鎮座している。

そして時々私は思う。
あの200万円は、一体誰のためのお金だったんだろうと。


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子育て投資2000万円——配当はもうたっぷり受け取った

■「大学費用、株に投資しておいてもらった方が良かったわ」

大学を卒業したものの、いまだに家で進路を模索している息子が、
ぽつりと言った。
笑えない。
でも、笑うしかない。
正直その言葉に隠された、息子の「本音」に気づいたとき、
私は胸がツンと痛くなった。

■奨学金という「マイナススタート」の切符すら、私にはなかった

今朝の新聞に、奨学金の記事が載っていた。
日本学生支援機構の第二種奨学金。
その返還利率は2016年からじわじわと上がり続け、
2026年3月時点の固定方式は年2.423%に達したという。
社会に一歩を踏み出した瞬間に、それだけの利息がつく借金を背負う。
まさにマイナスからのスタートだ。

しかし、かつての私には、その切符すら守られなかった。
「高校に行かせてもらっただけで感謝しろ」
それが実家のスタンスだった。
大学進学という選択肢は、最初から存在しない。
自分より成績の悪かった同級生たちが、大卒の肩書きで大手メーカーへ就職していくのを、私はただ見つめていた。
大卒と高卒の壁が、今よりも遥かに分厚く、高かった時代だ。
悔しかった。ずっと、心の底から悔しかった。
だからこそ、「自分の子供には絶対に大学へ行かせる」と、
それだけは心に固く誓っていた。

■1994年、学資保険を組んだ。あの頃、投資という選択肢はなかった

子供たちの誕生に合わせて、すぐに学資保険を組んだ。
娘が生まれたのは1994年、息子は1997年。
バブルが弾けた直後のどんよりとした空気の中、
私の頭に「株式投資」という選択肢は爪の先ほどもなかった。
今なら「あの頃から投資していれば」なんて言う人もいるかもしれない。
でも、30年前の日本には、
今のような手数料が安くて良質な「全世界株式インデックス(オルカン)」
なんて存在しなかったのだ。
買うだけで高い手数料を取られ、ネット証券もNISAもない時代。
あの過酷な投資環境の中で、大切な教育資金を株に突っ込まなかったのは、
親として当然の防衛策だった。
当時の私にとっては、学資保険を選ぶことしか、
我が子を守る選択肢はなかったのだ。

■2人で2000万円超。それでも「ノーローン」で送り出した

結果として、私は子供たちを2人とも、奨学金なし(ノーローン)で大学へ出した。
美大系のデザイン学科に進んだ娘は、課題に追われ、材料費が湯水のように消えていく。
私はお小遣いも材料費も、惜しみなく差し出した。
私立大学へ進み、一人暮らしを始めた息子には、毎月10万円を仕送りした。
「足りない」と連絡が来るたびに、なんとか工面して口座に振り込んだ。
2人合わせて、4年間で2000万円。実際はそれを優に超えていただろう。

■娘からも、息子からも、私はもう「配当」をもらっている

子育てを投資に例えるなら。
フリーランスのデザイナーとして自分の足で立っている娘からは、
生き生きと働く姿という、お金には換算できない極上の配当をもらっている。

じゃあ、家にいる息子からは、まだ配当が出ていないのだろうか?
……いや、そんなことはない。
息子は、私なんて逆立ちしたって入れないような、
誰もが知る名の通った大学に、ストレートで合格してくれたのだ。
あの合格発表の日の、弾けるような喜び。
親としての誇らしさ。
正直に言えば、「この子は将来、世界を飛び回るような仕事をするんじゃないか」
なんて期待を抱いた時期もあったけれど、あの時もらった感動だけで、
親としてはもう、十分すぎるほどの配当をもらっていたのだ。

■息子の言葉の裏にある、不器用な申し訳なさ

だからこそ、息子のあの言葉が、静かに胸に響く。
「株に入れといてもらったら良かったわ」
それは、親が必死に用意してくれたお金を、
今の自分は無駄にしてしまっているのではないかという、
息子なりの「申し訳なさ」だったのだと思う。
自分がうまく立ち上がれないせいで、親に損をさせてしまっている、
という自責の念。
そんなことないよ、と私は思う。
大学に使ったお金が役に立っていないなんて、
これっぽっちも思っていない。
投資の世界には「塩漬け」なんて言葉があるけれど、息子はそんなものじゃない。
ただ、次のステップに向けて、人生のエネルギーをじっと蓄えている最中なのだ。
親からもらった有形無形の資産を、
彼自身の中でどう開花させるか、迷いながら考えているのだろう。
私はこの「銘柄」を、誰が何と言おうと、ずっと信じて見守っていくと決めている。

■今の私が思うこと。もし孫が生まれたら、オルカンを。

アラカン世代の読者の中には、すでに子育てを終え、
お孫さんがいる方も多いかもしれない。
30年前の私には学資保険しか選べなかったけれど、
今は誰もが良質な投資信託を、スマートフォン一つで買える環境が整っている。
子供や孫のためのNISA制度だって、私たちの時代とは比べものにならないくらい拡充された。
もし、今の私が出産祝いを贈るなら、
「オルカン」をプレゼントするのも悪くない選択肢だな、と思う。
お金の面はオルカンに任せて、親や祖父母は、子供たちの成長の一瞬一瞬を、ただ純粋に信じて喜ぶ。
それこそが、この時代だからこそできる最高の贅沢かもしれない。


※本記事は個人の投資経験に基づくものであり、特定の銘柄・投資手法を推奨するものではありません。
投資判断はご自身の責任でお願いします。


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