
◼️なんだかなと思っていること
常々、なんだかなと思っていることがある。
私は社員30名ほどの小さな会社で働いている。
社会に出て二社目の会社で、結婚する少し前に入社した。
気が付けば30年以上になる。
結婚し、子どもを二人産み育てながら、
ずっとフルタイムで働いてきた。
振り返れば、本当にいろいろなことがあった。
辞めたいと思ったことは一度や二度ではない。
それでも生活のため、子どもたちのため、
そして何だかんだ言いながら仕事そのものは嫌いではなかったのだろう、
ここまで続いてきた。
◼️リーマンショックという記憶
特に大変だったのはリーマンショックの頃だ。
当時は50名近くいた社員がリストラにより会社を去った。
給料も減った。
ボーナスはしばらく姿を消した。
あの頃は会社が生き残ることが最優先だったのだろう。
社員もみんな必死だった。
そして現在。
あの頃からさほど給料も上がらず、
会社の規模は30名ほどになったままだ。
◼️社長の息子たち
そんな会社に、15年ほど前だったか、
社長の長男が入社してきた。
その後、次男も入社した。
二人とも別に嫌な人ではない。
むしろ感じの良い人たちだと思う。
だから余計に複雑なのかもしれない。
長男は入社してしばらくすると結婚し、
高級マンションに住み始めた。
車もファミリーカーの上位グレード。
携帯電話もいつも最新機種だ。
次男も広い土地に立派な注文住宅を建て、
なかなか良い車に乗っている。
社長ご夫妻も含めて、当然と言えば当然なのだが、
みな豊かな暮らしをしているように見える。
もちろん、実際の懐事情など私には分からない。
見えているのはほんの一部分だ。
◼️それでも時々思ってしまう
それでも時々思ってしまう。
あの人たちの豊かな暮らしは、
私たち社員の日々の働きの上に成り立っている部分もあるのではないか、と。
もちろん経営者には経営者の苦労がある。
会社が傾けば責任を負うのは経営者だ。
眠れない夜だってあるだろう。
だから単純に不公平だと言いたいわけではない。
ただ、30年以上会社員をやっていると、
会社員という立場の限界のようなものを感じるのである。
◼️会社員という立場
会社員は守られている。
毎月給料が振り込まれる。
社会保険もある。
有給休暇もある。
私もその恩恵をたくさん受けてきた。
もし自分で商売をしていたら、今の暮らしはないかもしれない。
そう考えると、会社員という立場は本当にありがたい。
その一方で、どれだけ会社が利益を出しても、
自分の取り分が大きく増えるわけではない。
頑張っても、自分で自分の給料を決めることはできない。
会社が苦しくなれば給料は減る。
会社が儲かっても、それほど増えない。
何ともな立場である。
◼️このまま定年まで働いて、その後は
若い頃はそんなものだと思っていた。
でも50代も後半になると考える。
このまま定年まで働いて、その後はどうなるのだろう。
会社は毎月の給料をくれる。
でも老後まで面倒を見てくれるわけではない。
年金だけで悠々自適という時代でもない。
◼️だから私は株を始めた
だから私は株を始めた。
今さら起業する気力も体力もない。
経営者になりたいわけでもない。
けれど株なら買える。
ほんの少しだけでも、
「働くだけの人」から「持つ人」の側へ近づいてみたかった。
もちろん現実は甘くない。
株価は裏切るし、含み損に頭を抱えることもある。
それでも、自分でリスクを取って、自分で決める。
その感覚は会社員生活ではなかなか味わえないものだった。
◼️せめて株主くらいには
社長一家の車を見るたびに、今でも少しモヤモヤする。
正直に言えば、羨ましい気持ちもある。
我が家など車すらない。
もっとも夫も私も運転が好きではないし、
子どもたちも興味がないので困ってはいないのだけれど。
それでも立派な車や素敵な家を見ると、
人間だからいろいろ考えてしまう。
ただ最近は、少しだけ考え方が変わった。
あの人たちは会社を持っている。
私は株を持つ。
スケールは比べものにならない。
けれど還暦目前の私にできることは、誰かを羨むことではなく、
自分なりに資産を積み上げることなのだろう。
社長の息子にはなれない。
今さら社長にもなれない。
だからせめて株主くらいにはなっておこうと思うのである。

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